テオ・アンゲロプロス監督「旅芸人の記録」


先週より始まった元町映画館にての「追悼テオ・アンゲロプロス特集」。通常の特集上映とは異なり、この特集は7月~11月まで、1(又は2)作品ずつ、ゆっくり時間をかけて進みます。その第一弾「旅芸人の記録」をしかと鑑賞してまいりました。(写真:神戸市中央区元町商店街四丁目元町映画館前の看板)
「旅芸人の記録」は約4時間にもおよぶ長編。しかしひるむ必要はない。まったく長さなど感じない(お尻は多少痛いですが)。「長さなど感じない」と言うと語弊があるかもしれない。むしろ、その長さ重さを存分に感じなければいけない作品かもしれない。「その長さは苦痛ではない」と表現するほうが正しいだろう。しかし、それは「飽きさせることのない素晴らしい脚本や筋の運び」のせいなどというものではない。むしろ、その逆かもしれない。時間と空間の関係性が普通の映画とは違うのだ。この作品の中では時間も空間も途切れることなくまわり続け、どこが始まりでどこが終わりなのか、観ている側はわからなくなってくるのだ。本作品が描こうとしたものの中心となるのがギリシャの現代史であるわけだが、歴史とはそういうものなのかもしれない。終わりも始まりもないのだ。
同監督の手法の大きな特徴の一つである「ワンシーン・ワンカット」。ここでは全ての(全てのですよ!)シーンが1カットで表現されており、現代における映像表現の中心となっているモンタージュ技法(大雑把に言うと、複数のカットを組み合わることにより感情やある状況を言外に伝えること)を一切用いていない。映画ファンにとってはほとんどの映画がモンタージュにより作られていることは当たり前の知識なのだが、そうでもない人はこれを意識していない(或いは気付いていない)ということも少なくない。モンタージュを使うことにより、作り手は自分の見せたいものをクローズアップし、観客の注意を無意識のうちにそちらに寄せることもできるし、ある対象を映した直後に、例えば、女性の怯えた顔を映せば、この対象が彼女にとって何らかの恐怖の対象なんだという結論へと誘導することができる。しかし、「旅芸人の記録」にはそれがないのだ。当然、登場人物の主観映像などもないのであるから、観るべきものは何なのか、こちらも辛抱強く凝視しなければならない。そして我々観客に対する挑戦とも言えるくらいの、カメラのゆっくりと、ゆっくりとしたまさに辛抱強いパン(回転、移動)。リズミカルなカット構成など一切入れないぞ、さあ観ろ、と言わんばかりの。
ハリウッド映画の編集になれてしまっている人の多くはここでギブアップするかもしれないし、逆に「新鮮」と感じ虜になる人もいるかもしれない。とにかく、これが「嫌」でなければ、観客はこの呪いとも言えるような執拗さにスクリーンに釘づけになるだろう(私はもう目が釘付けでした)。
先にも述べたように、登場人物の主観映像がないということは、観客はその登場人物の目線で見るということがないので、ある種、目の前の出来事の「目撃者」のような気分にもなる。作り手が示すギリシャの悲劇的な現代史をしっかりと目を見開いて見ていろということなのか。しかし、映画を観に行く多くの人は、その物語の中に入り込み、共感し、登場人物とともに喜んだり悲しんだりし、映画の世界を「体験」したいと願っているのであるから、これは少々さびしいと言えるかもしれない。しかしこの作品においてはそんな甘い感情は不要。どうあがいても、我々は映画が描いているその重い世界の中にいなかったのであるから。
そうして目撃者となること数時間、秘密警察に強姦され、ゴミ捨て場にうち捨てられたた芸人のエレクトラが突然起き上がるや、アテネ市街戦や「血の日曜日」について、我々観客を見つめ、こちらに向かって語り始める。ナチスによる支配・国土蹂躙、イギリスの介入、パルチザン狩り、左右の対立といった大きな流れとともに旅公演を続け、政治的な発言はもとより、自分の感情を吐き出すような台詞はここまでほとんどなかったものだから、そんな彼女が突然こちらに向かってきたときには、私は思わず後ずさりした。「ここまでの物語、お前はちゃんと見ていたのか?まだまだ終わらないぞ」と言われているような気がした。勿論、彼女の語りの中でそんなことは言っていないのだが
芸人たちの旅とともに描かれているものは「喜怒哀楽に満ちた厳しいけれど少しの幸福のある旅」などという甘いものではない。母の不貞、殺人、密告、虐殺、銃殺、自殺、強姦輪姦、拷問、さらし首、 ….。それでも目を見開いて終わらない旅の証人となってみるだけの価値がこの映画にはある。
冒頭で、元町映画館では同監督の特集を時間をかけてゆっくりとゆっくりと進めると書きました。その意義がここまで読んでくださってわかっていただけたかなと思います(そう書いたつもりですが、最終上映に間に合わせようと急いで書いたのでわけがわからない部分もたくさんありますね…)。「旅芸人の記録」は本日7月20日12時50分が最終上映です。どうぞその目で歴史を目撃し、この週末は重いものを背負ってみてください。

「旅芸人の記録」(英題 “The Travelling Players”)
製作:1975年 ギリシャ
監督:テオ・アンゲロプロス
出演:エヴァ・コタマニドゥ、ペトロス・ザルカディス、ストラト・スパキス、アリキ・ヨルグリ 他

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