テレンス・マリック監督「天国の日々」


ニューヨークの大学で映画の勉強をしていた頃脚本の授業をとっていたのだが、その授業の教授は冬になるととても不機嫌になりうつろな目をして必要なこと以外はほとんど話さなくなってしまっていた。季節性鬱病とも言えるのでしょうか。そんな彼からある日、聖書のある一節を読んでくるようにという宿題が。それは俗に言う『Test of Faith』という話。指定されたその部分を図書館で読み終わった私が思ったのは「なんや『天国の日々』やん!」ということだった。 (写真:神戸市兵庫区新開地本通KAVC
『天国の日々』は20世紀初頭のアメリカはテキサスを舞台に描かれた話。貧しい生まれのビル(リチャード・ギア)とその妹リンダ(リンダ・マンズ)、そしてビルの恋人アビー(ブルック・アダムス)は朝から晩まで働きどおし。三人で町から町へ季節労働などの職を求めて旅する日々。長い列車の旅の末に三人はテキサスの農場にたどりつきそこで小麦の収穫の仕事にありつくのだが、そこの若くてハンサムな農場主(サム・シェパード)がアビーに恋心を寄せるようになる。実は農場主は不治の病におかされており余命は長くても1年。ビルの提案でビルとアビーは兄妹ということにし、アビーは農場主と結婚。数年すれば農場主は死ぬのだから…。それまでの極貧とはうってかわって王様のような金持ちの生活。しかしやがて農場主はアビーとビルの関係に気付き拳銃を手にする…。
ストーリーは上記のようにいたってシンプルである。ある意味昼のメロドラマのようでもある。単純な筋書きとはうってかわり、しばしば言及されてきたことだが、その映像は圧倒的に美しい。主役の三人の男女の台詞は実は非常に少ない。そのかわり監督は、これでもか、これでもかと言わんばかりにテキサスの自然を観せてくる。単純なプロットとただただ美しい映像。普通ならば「あー、きれいやったね。ちょっと眠かったけど」だけで終わりそうなものなのに、私はなぜこんなにこの映画が好きなのだろう?なぜ多くの人がこの映画に惹きつけられるのだろう?
前述のとおり、登場人物は非常に言葉が少ない。しかもその姿は多くの場合遠くからぼんやりと映されるだけ。そのうち彼らの姿が自然に溶け込んで景色の一部、或いは自然の一部であるようにも思えてくる。寡黙な主人公たちのかわりにストーリーは妹リンダ(10~12歳くらいであろうか)の目を通してリンダの言葉で語られる。この彼女のナレーションがなぜか実に心地よい。子供の言葉なのでその表現は素直で時に幼く時に残酷である。ところで解剖学者でもあり京都まんがミュージアムの館長でもある養老孟司氏も述べておられることだが、子供というものは「自然」の一部である。リンダの年齢はちょうど大人と子供の間くらいで、彼女はまだ半分は自然或いは野生なのである。執拗なまでに繰り返される美しい自然の映像と、自然であることをやめてしまった大人のドロドロとした世界が、彼女のナレーションによって一つにつながる。彼女は農場主のことを「とても良い人だ。こんなに良い人はみたことがない」と褒め称えている一方で、彼の病状が悪化しない(つまり農場を含めた大金が自分たちだけのものになかなかならない)ことについて「薬を毎週飲んでいるからなのか。捨ててしまえばよかったのかも」とあっけらかんと語る。自然そして子供は自分の行為や過去を悔いないし未来も見ない。農場主を裏切ったアビーが自分とビルのおかした罪に対し「これからは善い人になる。つぐないの人生を送る」と言うのに対し、リンダのナレーションは:Nobody is perfect. We are all half-evil and half angel(完璧な人間なんていないし、誰だって半分は悪人で半分は善人なんだ);と語る。
思うに、この映画の映像の美しさ、つまり自然の美しさこそがストーリーそのものなのではないだろうか。単にきれいな映像を盛り込もうとしてそうしたのではない。そうする必要性があったのだ。聖書をもとにした単純で誰にでもわかりやすい話というのも、そう考えると納得できる。自然であることをやめた人間の脆さと、それとは対照的な大自然。意味を持った美しさだから私たちはこの映画に惹きつけられるのではないだろうか。

「天国の日々」(原題: Days of Heaven)
制作:1978年 アメリカ 95分
監督・脚本:テレンス・マリック
撮影:ネストール・アルメンドロス
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:リチャード・ギア、ブルック・アダムス、サム・シェパード、リンダ・マンズ

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