タムラ・デイビス監督 「バスキアのすべて」


元町映画館にて『バスキアのすべて』を観てきました。ジャン=ミシェル・バスキアという画家について私が知っていることと言えば、その作風、アンディ・ウォーホールに可愛がられていたこと、27歳という若さでヘロインにより亡くなったこと、マドンナやキース・へリングといったセレブとの華やかなつきあい くらいのもので、その生い立ちや生き様や作品の意味など、ほとんど知らないに等しかった。今回、映画『バスキアのすべて』を観にいこうと決めたのも、80年代のニューヨークへのノスタルジーとアンディ・ウォーホールへの興味からである。写真:元町映画館の看板

本作品はドラマ『アグリー・ベティ』や『グレイズ・アナトミー』をてがけた バスキアの親しい友人であるタムラ・デイビスによるバスキアの未公開インタビューと彼を知る人々の証言を軸に作られたドキュメンタリーフィルムである。17歳でブルックリンからマンハッタンのロウアー・イーストサイドへと出てきたバスキアが路上生活同然の落書きアーティストからやがてはアンディ・ウォーホールにも認められる画家にのぼりつめ、最後はヘロインで命を落とすまでを、彼の作品を散りばめながら追ったものである。

映画の冒頭、画面に本作品のタイトル『JEAN-MICHEL BASQUIAT – THE RADIANT CHILD』が映し出される。邦題『バスキアのすべて』とは意味が異なる。少し気になった。

バスキア本人へのインタビュー以外の証言はさして面白くもない。正直退屈である。期待通りの話ししか出てこない。彼がいかに気分屋で、才能に溢れ、エキセントリックでもあり、最後はアーティストにつきもののドラッグに溺れ・・・等々。その中で一人、私の興味を非常に引いた人物がいた:バスキアの元恋人スザンヌ・マロックである。彼女のバスキアとの出会い、働こうとしないバスキア、その言い訳についてのエピソード etc.は他の人々の彼を讃える表層的な証言とは明らかに異なっており、そこからは、バスキアの『時代の寵児』『天才』といったイメージからは程遠い情けない男(というよりは子供)の姿が垣間見える。私個人的には他の人の証言はもうよいから このスザンヌの話をもっと聞いていたかった。

一方、本作品の「目玉」でもあるバスキア本人への未公開インタビュー映像だが、これが素晴らしい。インタビュアーが親しい友人であるからであろうか、非常にリラックスした彼は無邪気な少年のような笑顔をふりまき、とてもチャーミングである。アンディ・ウォーホールが惚れたのもうなずける。特に深い内容について切り込んだ質問もされないせいか、終始目をキラキラさせてにこやかな表情で答えるバスキア。しかしながら(少なくとも私が気付いた範囲内ではあるが)二度だけ、彼の目が一瞬曇り、言葉につまるシーンがある。食えない頃に世話になった女達のこと、そしてアンディ・ウォーホールのこと(*インタビュー段階では同氏はまだご存命です)。ウォーホールはともかくとして、私としてはバスキアが軽い感覚で複数のガールフレンドのアパートを泊まり歩いていたとばかり思っていたので、この反応は驚きであった。何なのだろう、どういうことなのだろうという興味が俄然沸いてきた。これがスザンヌの証言をもっと聞きたいと思った要因でもある。

自宅に戻りバスキアの女性関係についてざっと調べてみた結果私が得た印象は、彼は本作品の予告編で示唆されているような(女性関係において)派手な遊び人でもないのだということ(もちろん一夜のセックスというものは数多くあっただろうが)。そしてスザンヌとパスキアとのラブ・ストーリーを描いた『Widow Basquiat』という本が存在することを知った。その本の中に記述されているそうだが、バスキアは彼女の前ではかなりの”駄目男”であったようで、薬の影響だろうが、時にはスザンヌが歯まで磨いてあげなければいけないほどであったという。やはり…という気持ちである。

前述のように、インタビュー映像からわずかに読み取れる範囲でのバスキアの柔らかい部分は明らかに女たちとアンディ・ウォーホールであった。母親のように世話をしてもらっていた女たちと父親のように甘えていたウォーホール。当然こうなってくると、つまりその背後には彼の母親と父親の影が…となるところ。しかし、インタビューの中で両親について語るバスキアの口調は軽快である。恐らく、両親については巧妙に本音(真実)を隠して話す術を身につけているのかもしれない(あくまで私の憶測だが)。

精神疾患を患っている母親がバスキアの薬物中毒をはじめとする弱さ・不安定さに大いに関係しているのだろうということは容易に推測できる。しかしながらこの点についてはご家族・関係者がご存命のうちはこれ以上探ることは難しいだろうし、やるべきではないのかもしれない。

途中から映画そのものについてからやや話しがずれてしまったが、さて、では本作品は観るべきか否か、ご意見を…と問われたら、私は「観てください!」と勧める。先に私は関係者の証言が退屈だと書いたが、これは何も映画全体がつまらないと言っているのではない。バスキアの外側の華やかさだけを表層的になぞった一連の証言は時折挿入されるバスキアの笑顔の美しさとは対照的であり、彼の孤独を一層浮きぼりにする。最初は「なんだかスタイリッシュな感じに仕上げただけの映画かしらん」と思っていた私は、最後には言いようのない切ない気持ちになってしまったのだ。

本作品によって「バスキアのすべて」を見ることはできないが、観た人はバスキアという人物をもっともっと知りたいと思うのではないだろうか。つまりこれはバスキアへの「はじまり」と言ってもいいかもしれない。

「バスキアのすべて」(原題 “JEAN-MICHEL BASQUIAT : THE RADIANT CHILD”)
製作:2010年 アメリカ
監督:タムラ・デイビス
出演:ジャン=ミシェル・バスキア スザンヌ・マロック ファブ・5・フレディ ジュリアン・シュナーベル ブルーノ・ビショップベルガー 他
私的評価:★★★★☆ 80点
バスキアのすべて公式HP: http://basquiat-all.jp/
神戸・元町映画館公式HP: http://www.motoei.com/

  
2011年10月、待望のDVDリリース!(左)、
右はバスキア主演映画「DOWNTOWN81」のヴィジュアルブック。
当時のニューヨーククラブシーンの狂騒ぶりが蘇る!

*ブログ『Days in the Bottom of My Kitchen』 2011.2.11掲載

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