フランシス・F・コッポラ監督「テトロ 過去を殺した男」


偉大すぎる父親というものは男にとってこれほど邪魔なものはないのでしょうか?そして、それを乗り越える手段は父の「死」しかないのでしょうか?理解、和解、赦し…そのような解決方法はないのでしょうか?ないのかもしれません。雄というものは親子であっても一度「敵」となったら相手が消え去るまで赦すことはないのかもしれません。(*写真:神戸市中央区元町商店街四丁目 元町映画館エントランス)
映画『テトロ』は『ゴッド・ファーザー』や『地獄の黙示録』で有名な巨匠・フランシス・F・コッポラ監督の非常に“personal”な作品。自伝的作品とも言われているが、コッポラ自身によると、事実をそのまま映画化したわけではなくあくまですべてフィクション、しかし真実であるとのこと。世界的に著名な天才指揮者を父に持つ男・テトロ(ギャロ)は父の呪縛から逃れるためか、故郷も家族も過去も捨てアルゼンチンで事実上の妻ミランダと暮らしていた。そこへ年の離れた弟ベニーが訪れる。かたくなに過去を否定するテトロ。そして彼が故郷を捨てた本当の理由が最後に明かされる…。
本作品は基本的に白黒。そして過去の回想シーンがテトロとベニーの観たオペラや映画の記憶と混ざり合って、ある種御伽噺のような非現実的なカラー映像で映し出される。現在がカラー、過去が白黒という手法が凡人の考えるところなのだが、本作品は逆なのである。そして観ている側としてはこれがすごく正しく感じられるのである。白黒シーンは優しい光に包まれ生命や生活がそこにあるのに対し、カラーシーンはカメラも不安定(手持ち?)、色彩も必要以上にどぎつい。彼らの記憶の中にある過去(すなわち家族)はいつも不安定にぐらつき、無神経に心に突き刺さるものだったということなのだろうか。
邦題に「過去を殺した男」という副題がある。しかし、テトロは過去を殺してなどいない。殺せないのだ。テトロは家族を捨てたのちに鏡文字という暗号を用いて自伝を書き綴る。暗号を使うということは簡単に他人に読まれないようにするためであろうが、同時に、これを解読できる人に解読してほしいという切実な願いが込められている。そしてそれを解読できるであろう人間が“弟”のベニーなのだ。テトロはベニーが海軍に行ったことをおそらく知っていたのだろう。無意識のうちに、いつか“弟”ベニーがこれを解読してくれると願っていたはずだ。それはベニーでなくてはならなかったのだ。
予告編を見て、そして映画の半ばまで、本作品は偉大すぎる父親に対するコンプレックスが軸になっているのだろうと思っていた。しかし、よい意味で裏切られた。かなり人間くさい復讐劇である。テトロの母はテトロの運転する車で事故に遭い即死する。死にゆく妻をまばたきもせず見つめる夫・カルロ(即ちテトロの父)。後にカルロが息子テトロの恋人を奪ったのは、愛する妻を息子に殺されたことへの復讐であったのかもしれない。しかしながら、この残酷な復讐にも結局罰がくだされる。その象徴がベニーだったのだ。
ラストの台詞が素晴らしい。「光を見るな」。スポットライトに輝く父の住んだ世界のことなのか、自分達の前に立ちはだかっていた太陽のように強大な父の存在のことなのか。それとも … 。

「テトロ 過去を殺した男」(原題 “Tetro”)
製作:2009年 アメリカ アルゼンチン イタリア スペイン
監督:フランシス・フォード・コッポラ
出演:ヴィンセント・ギャロ アルデン・エーレンライク マリベル・ベルドゥ

『テトロ』は元町映画館で5月4日まで上映中!後2日あります!必見!

■追記■

2点、書こうと思っていたことを後になって思い出しましたので:

~3Pシーン~
ベニーがシアターの踊り子兼ウエイトレス及びその姪と何故か3P騒動。普通ならこのような本題から脱線したような関係のないシーンは見ていて「なんでやねん。いらんやん」と思うのだが、この映画では不思議と自然で不要と思えなかった。後から思えば、これは最後の“真実”を受け入れるためのベニーが一歩大人になるための儀式だったのでしょうか(ベニーは童貞でした)…というのはちょっとうがった見方でしょうか…。いずれにせよ、このようなシーンも必要と感じさせる巨匠の力量ゆえか。

~まっちゃんについて~
唐突ですが、松本人志さんの『さや侍』のことを考えてしまいました。あの作品を観て「ああ、まっちゃんも親父コンプレックス克服に少し近づいたのだな」と感じましたので…。『さや侍』についてもいつか書きたいです。

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